日本ワイン

写真は、2012年5月のある日のパセミヤのグラスワイン。

当時から日本ワインも扱っていましたが2024年に日本ワイン中心に切り替えてみて、最近になってだいぶ日本ワインを目当てにお越しいただけるお客様が増えてきました。

新潟のカーブドッチを提案すると「ここ行ったことあるんですよねぇ」と旅の思い出とともに話を聞かせてくださったり、余市のワインをお出しすると「収穫のお手伝いに行くんです」と教えていただいたりと、今まで関わってきた皆さんが地道に築いてきたネットワークが広がっているのを実感します。ナチュラルワインが広まり始めた時と同じように。

両親の時代のパセミヤは、下町によくある普通のお好み焼き屋でした。

阪神・淡路大震災の後にヨシヲが入り、しばらくした1997年の赤ワインブームの時に、昔からのお客様の「にいちゃん、レストランでワインつこうとったんやろ? おばちゃんでも飲めそうなんおいてえな」の一言からワインをまた扱うようになり、姉が入り、ヨシヲは予約制でワインに合わせた料理を作るようになり、2004年にナチュラルワインを中心にすると決め、雑誌などにも取り上げられるようになり、遠方のお客様が徐々に増えたのですが、ご予約の電話を取った際、初めてのお客様には過度な期待を持たれないように「普通のお好み焼き屋ですが大丈夫ですか?」と確認していました。

なんせ、昭和の香りの残る商店街の中ほどにある、エスカレーターやエレベーターのないスーパーの入り口近くの、気づかなければ通り過ぎてしまうような小さな店で、お客様はほぼほぼ地元の顔見知りのかた、という形態は、他所から来たかたが馴染むにはなかなかハードルが高いものがありました。

時代の移り変わり

結局、大阪市内や遠方のかたからのご予約がほとんどになり、それまでのおなじみさんも高齢化で息子さんや娘さんの住むところに行ったり、施設に入ったり、亡くなられるかたも出てきたり、自分たちの両親の介護もあり、ここらで一区切りかなと大阪市内への移転を決意し、2010年2月に一旦店を閉めることにしました。

休んでいる間に、知り合いがフレンチをオープンするということでサービススタッフとして半年ほど手伝い、その後、2011年7月に西天満でパセミヤを再開したときに予約のみの営業にしました。

その時はご予約の電話の際、「普通のお好み焼き屋ではないですが大丈夫ですか?」に変わりましたが。

ナチュラルワインから日本ワインへ

ナチュラルワインを飲める店が増えましたが、同時にどこでも出てくるワインが同じようなものだったりと、店の選択眼や違いが分かりにくくなったなあと思い、店として何を選んでいるのかがもう少し伝わるよう、もう一段フィルターが必要かと考えたのが、冒頭の日本ワインでした。

もちろん海外の気になるワインもチェックしています。若い生産者を見ていると、日本も海外も同時代現象として連動しているよなと思うところも多く、ワインを取り巻く文化そのものが、以前よりずっといろいろな場所や人へ広がっているのを感じます。

昔はmixiやブログでしたが、今はInstagramやFacebookのほか、TikTok、YouTubeなどの動画系もあり、店の情報の流通経路が多様化し、趣味も細分化していることもあり、店側も自らの個性をどう磨き、どうお客様に伝えるのかをより考える必要が出てきました。

ChatGPT

この春、初めてお越しになったお客様に何でうちのことを知ったのかと伺ったら、ChatGPTに「中之島で女性三人でゆっくり食べて飲めるところ」と聞いて出てきたのがうちで、お好み焼きも好きだしスパイスも日本ワインも好きだしということでご予約くださったとのことでした。

慌ててホームページをAI検索向けに大改修しました。AIが情報をまとめて提示することはもう始まっていて、営業時間や店のスタイルなど誤解を招きにくい正確な情報発信が求められ、今までとは違う気の遣い方が必要になるなと感じています。

日本ワインのこれからに向けて

そして今パセミヤで注いでいる日本ワインの造り手には、昔一緒に働いたことがある仲間もいます。まだ業界に入って間もない頃で、勉強したいというのでヨシヲが選んだワインをほとんどテイスティングしてもらっていました。

教えてはいませんが、当時のヨシヲセレクトを一番飲んでいた子です。もしその子がワインを好きになるきっかけのひとつに自分がなれていたのなら、ワインを扱ってきて良かったなと思います。

カテゴリー: 四方山話