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一口目と三口目は、同じ関係だろうか
抜栓したばかりの赤ワインを、まず一口、グラスで召し上がっていただくとします。たとえば「しっかりした渋みですね」と言われることの多いワインだとしましょう。そこへ、白カビサラミをひと切れ挟んで、もう一度同じグラスに口をつける。すると、「あれ、さっきより丸くなっていませんか」と、しばしば驚かれることになります。ワインの中身は、何も変わっていません。変わったのは、その手前で何を口にしたか、だけです。
この変化は、何が変わったのでしょうか。グラスの温度でしょうか、それとも抜栓して空気に触れたからでしょうか。
抜栓してから時間が経てば、たしかに温度は上がりますし、手で持っているうちにグラスも温まります。空気に触れることで香りが開き、渋みの角がいくらか丸くなることも、実際にあるでしょう。温度や空気とのふれあいが渋みの感じ方に関わること自体は、間違いではありません。けれども、そのどちらだけでも説明のつかない変化が、あまりに何度も起きるのです。
前回、皿とグラスをそれぞれ別々に味わっているつもりでいるあいだは、まだ何も始まっていないのかもしれない、と書いて筆を置きました。同じ一皿、同じ一杯のはずなのに、口にする順番や回数によって感じ方が変わってしまう——このねじれを、避けて通ることはできない気がしています。
言い方を変えると、こういうことです。三口目のワインは、一口目と同じ液体を、同じ口が飲んでいるわけではない。液体としては寸分違わず同じでも、それを迎える口のほうが、一口目のときとは別のものになっている。この回では、その「口のほうが変わっていく」という一点を、いくつかの角度から見ていきたいと思います。
パセミヤのカウンターで繰り返し見てきた場面は、他にもいくつかあります。塩気のある料理のあとでは、ワインの角が取れて感じられることがある。辛味の強い料理のあとにアルコール度数の高いグラスを合わせると、香りより先に熱さのほうが前へ出てくることがある。そして、最初のひと口では心地よかった組み合わせが、三口目、四口目と続くうちに、だんだん重たく感じられてくることもある。どれも、料理とワインをそれぞれ独立した「完成品」として扱っていては、うまく説明のつかない現象です。
塩のあとの舌は、もう別の舌になっている
塩気のある一皿のあとで、赤ワインが心なしか丸く、フルーティーに感じられる——このこと自体は、多くの方が経験的にご存じだと思います。ただ、そこで実際に起きていることは、思っているよりだいぶ地味です。
先日も、白カビサラミを召し上がった方が、そのあとグラスへ口をつけて、「あれ、さっきまで少し硬く感じていたのに」と言いかけて、途中で言葉を止められました。硬さの正体が渋みなのか苦味なのか、ご本人にもとっさには判別がつかなかったのだと思います。無理もありません。私たちが「ワインが硬い」と言うとき、そこには本来別々の感覚である渋みと苦味が、ひとまとめにされて入り込んでいることが多いからです。
1997年、モネル化学感覚研究所のポール・A・S・ブレスリン(Paul A. S. Breslin)とゲイリー・K・ボーシャン(Gary K. Beauchamp)は、ナトリウムイオンが苦味の知覚を抑えるはたらきを持つことを報告しました(文献1)。塩を加えることで、そこに含まれる苦味が後ろへ退き、その分だけ果実味や甘みのような他の要素が相対的に前へ出てくる——足し算というより、引き算に近い現象のようです。塩が何かを付け加えているのではなく、覆いを一枚薄くしている、という見立てです。
ここで、少し慎重になっておきたいことがあります。塩がワインの化学組成そのものを変えているわけではありません。変わっているのは、料理を食べたあとの舌が、ワインの中の何を強く拾い上げるか、という重みづけのほうです。だから、白カビサラミのあとに同じワインがまろやかに感じられるとき、そこで起きているのは、ワインにあらかじめ隠れていた「本当の姿」が暴かれた、という出来事ではないのだと思います。そうではなく、塩を通り抜けたあとの口という条件のもとで、そのワインの輪郭が、さっきとは違う形で立ち上がっている。同じワインが、別の口に迎えられて、別の顔で応えている。それだけのことのようにも思えます。
渋みは、一口では決まっていない
冒頭の赤ワインの話に、もう一度戻ります。あの渋みは、なぜグラス単独のときと、料理を挟んだあとで、これほど違って感じられたのでしょうか。
2012年、モネル化学感覚研究所のカトリーヌ・ペイロ・デ・ガション(Catherine Peyrot des Gachons)とポール・A・S・ブレスリン(Paul A. S. Breslin)らは、ワインの渋み(収斂性)と食品の脂肪感が、互いに逆方向へ引っぱり合う関係にあることを実験で示しました(文献2)。ここでいう渋みは、実は味覚というより、口のなかの触覚に近い感覚だとされています。舌の表面がわずかにざらつく、あの感じです。渋みは軽いものであっても、飲み重ねるごとに蓄積していきます。ところが、その渋みのある飲み物と脂肪分のある食品を交互に摂取すると、渋みも脂肪感も、単独で摂取したときより低く保たれる、というのです。
タンニンは、唾液に含まれる潤滑性のタンパク質を沈殿させ、舌の表面をわずかにざらつかせます。脂肪は逆に、口のなかに滑らかな膜を作ります。どちらか一方だけを摂り続ければ、口のなかはその方向へ寄っていく。けれども交互に口にすることで、両者は互いを引き戻し合い、口のなかは心地よい中間のあたりに保たれ続けます。冒頭の赤ワインが「丸くなった」ように感じられたのは、ワインの渋みが消えたからではなく、白カビサラミの脂がその渋みを、知覚のうえで押し戻していたから、ということになりそうです。
ただ、ここで急いで「脂がタンニンを洗い流す」というふうに言い切ってしまわないほうがいいと思っています。研究が示しているのは、あくまで知覚のレベルでの拮抗であって、口のなかで何かが化学的に中和されていると確定させるところまでは、まだ言えないだろうと思います。冒頭で問いかけた、温度でしょうか、空気に触れたからでしょうか、という疑問にも、ここで答えが出せそうです。どちらもまったく無関係ではないのでしょうが、それだけでは説明のつかなかった部分を埋めていたのは、渋みと脂肪の、この拮抗のほうだったようです。何口か重ねるうちに感じが重たくなってくる、冒頭で触れたもうひとつの感覚も、同じ仕組みで説明がつきそうです。
この章は、冒頭に置いた「三口目のワインは、一口目と同じではない」という言い方が、いちばんはっきり見える場所でもあります。ワイン、料理、ワイン、料理——と交互に口へ運ぶとき、二杯目のワインは、渋みがいくらか蓄積した口へ、そして直前の脂が残る口へ、到来しています。三杯目はさらにその上に重なる。同じ液体でありながら、それを迎える口の状態が一口ごとに書き換わっているのですから、一杯目と三杯目は、もはや同じ条件のもとで飲まれてはいないのです。前の一口が、次の一口の条件を作っている。料理を食べる→ワインを飲む→料理を食べる→ワインを飲む、という一見単純な繰り返しのなかに、すでにこの履歴の積み重なりが組み込まれています。
渋みへの感じやすさには、はっきりとした個人差もあります。フィレンツェ大学のカテリーナ・ディンネッラ(Caterina Dinnella)らが、唾液の特性と収斂刺激への感受性を調べた研究では、タンニン酸を口にしたあと、唾液を元の状態へどれだけ速やかに戻せるかによって、渋みの感じ方に相当な幅が出ることが報告されています(文献3)。基礎状態をすぐに取り戻せる人ほど、収斂刺激を弱くしか感じない傾向があった、というのです。前回、鼻や言葉の受け取り方に個人差があるという話をしましたが、渋みという触覚に近い感覚にも、同じことが言えるようです。同じ赤ワインを同じ料理と合わせても、隣に座った方と自分とでは、口を立て直す速さそのものが、そもそも違っているのかもしれません。
辛味の履歴が、次のひと口の熱さを決める
辛味の強い料理のあとに、アルコール度数の高いワインを合わせると、香りより先に、喉の奥のほうから熱さがせり上がってくることがあります。パセミヤでよく使うカシミリチリの煮込みなどでは、とくにそうです。あれは気のせいではなく、辛味とアルコールが、口のなかで同じ経路を刺激し合っていることの表れらしいのです。
2002年、フェラーラ大学のマルチェッロ・トレヴィザーニ(Marcello Trevisani)らは、エタノールがTRPV1という受容体——当時はVR1と呼ばれていました——を介して、痛みに近い感覚を引き起こし、増強しうることを報告しました(文献4)。TRPV1は、もともと熱いお湯や強い炎症などに反応するために体に備わっている受容体で、カプサイシンが辛味と熱さを生み出すときにも、まさにこの経路が働きます。この研究で興味深いのは、エタノールがこの受容体の熱に対する反応の閾値を下げる、と報告されている点です。つまり、いったんアルコールが触れた口は、そのあと同じ温度でも、より熱く感じるほうへ傾く。辛い料理のあとの口も同じで、カプサイシンの履歴を抱えたまま、次に来るアルコールを迎えている。ここでも一口目と三口目は、まっさらな同じ条件で飲まれてはいません。
ただ、ここから「辛い料理には低アルコールのワインを」という経験則へ一直線に橋を架けるのは、やはり早計だと思っています。カプサイシンとエタノールが同じ受容体に触れているからといって、高アルコールのワインが辛味を必ず不快に増幅すると決まるわけではありません。分子や受容体のレベルで起きていることと、実際の食卓で快いか不快かは、また別の階層の話だからです。温度、残糖、脂肪分、そして食べる速さなど、他の変数もいくつも重なっています。
それでも、少なくともスパイスの効いた料理を扱う店にとっては、アルコール度数を、警戒しておくべき変数のひとつとして意識しておく価値はあると思っています。パセミヤで、赤白を問わずワインの提供温度を低めに設定しているのも、こうした相互作用を見越しての調整のひとつです。「合わない」と決めつけるのではなく、「条件次第で熱さが前に出やすい」という見方をしておくと、選ぶワインの幅の持たせ方が変わってきます。
香りと味は、途中から分かれていない
ワインの香りを鼻先で確かめてから口に含む、という動作を、私たちは無意識のうちに繰り返しています。けれど、いったん口の中に入ってしまえば、料理の香りとワインの香りは、本当に最後まで別々のものとして感じ分けられているのでしょうか。
先日、カレーとワインを交互に召し上がっていたお客様が、ふと箸を止めて、「どこまでがカレーの香りで、どこからがワインの香りか、途中でわからなくなりました」とおっしゃったことがあります。あれは感覚が鈍っていたからではなく、むしろかなり正直な報告だったのだろうと、いまは思っています。
味と香りが脳のなかでどう扱われているかについては、近年の研究が興味深い手がかりを与えてくれます。2025年、カロリンスカ研究所のプトゥ・アグス・コリサントノ(Putu Agus Khorisantono)、マリア・G・ヴェルトハイゼン(Maria G. Veldhuizen)、ヤニナ・ゾイベルト(Janina Seubert)は、味覚と、口に含んだあと鼻へ抜ける香り——レトロネーザル嗅覚——が、脳の島皮質、とりわけその腹側前部という領域で、重なり合った表現パターンを示すことをfMRIで示しました(文献5)。甘味という味の情報と、甘さに結びついた香りの情報とが、別々の経路として最後まで独立して処理されているのではなく、ある領域ではかなり近いところで扱われている、ということです。
この研究がじかに示したのは、あくまで味とレトロネーザル香が神経のレベルで重なりを持つ、ということであって、「カレーの香りとワインの香りの出どころがわからなくなる」という、あの二つの香りの取り違えそのものを実験したわけではありません。ですから、先ほどのお客様の言葉と、この研究とは、あいだに一段の距離を置いて読んでおきたいところです。それでも、味と香りが早い段階から近い場所で扱われているのだとすれば、口のなかに料理の香りとワインの香りが同時に流れ込んだとき——しかも二杯目のワインの香りは、直前の料理の香りがまだ抜けきらない鼻へ届くのですから——両者がきれいに仕分けられないまま、ひとつの印象として立ち上がってくることがあっても、不思議ではないように思えます。
料理とワインを合わせる、という言い方そのものが、少し不正確に思えてきます。合わせる前から、口のなかでは、渋みと脂肪、塩と苦味、辛味とアルコール、香りと味が、すでに互いを作り変えはじめているのですから。
科学は、正解を教えてくれるわけではない
これだけの相互作用が、実験によってこれほどはっきり示されているのなら、あとはそれを組み合わせれば、最適なペアリングが自動的に決まりそうなものです。
けれど、実際にはそうなりません。渋みと脂肪の拮抗を知っていても、渋みがどのくらいの強さで始まり、脂肪がどのくらいの量あれば釣り合うのかは、料理全体の設計や、食べる速さ、その日の体調によって変わってしまいます。塩が苦味を退かせることを知っていても、そのワインにもともと十分な果実味が備わっていなければ、退かせたところで何も現れてはきません。
パセミヤでは、スパイス系の料理を出すとき、油脂分と塩分、そして辛さそのものを、もとのレシピより三割ほど控えて仕上げています。味を薄めたいからではありません。脂肪が渋みを押し戻し、塩が苦味を退かせ、アルコールが辛味を増幅させる——これらの拮抗や抑制を、料理の側の強度そのままで持ち込んでしまうと、効きすぎてしまうことがあるからです。ワインの輪郭を丸めすぎず、かといって辛味とアルコールがけんかしすぎない、そのあたりの狭い範囲を狙うと、三割という数字に落ち着きました。
科学が与えてくれているのは、いわば制約条件の記述なのだと思います。ここでは渋みと脂肪が引っぱり合いやすい、ここでは苦味が後退しやすい、ここでは辛味が増幅されやすい——そうした条件を、ある程度の再現性をもって示してくれます。しかし、その条件のなかで実際に何をどれだけ選ぶかは、依然として現場の判断に委ねられています。三割という数字も、実験から導いたものではなく、幾晩もかけての勘のほうです。
「科学がペアリングを解き明かした」という言い方を、私はあまり使いたくありません。解き明かしたのは、あくまで口のなかで起こりうる相互作用の一部であって、目の前の一皿と一杯が、一口ごとに変わっていく口のなかで、実際にどんな軌道を描くかまでを決めてくれるわけではないからです。
それでも、選ぶための手がかりはある
とはいえ、抽象的な話ばかりでは、次にワインを選ぶときの助けになりません。カレーを例に、少し具体的なところへ降りてみます。
「カレー」というひとつの名前の下では、油の量も、塩加減も、酸味も、辛さも、まったく違うものが同居しています。渋みと脂肪、塩と苦味、辛味とアルコールといった相互作用は、どれもこの「カレー」という名前の一段下、その油や塩や酸のレベルで起きています。タマリンドの酸が立った一皿と、ココナッツミルクでまろやかにした一皿とでは、同じ名前を掲げていても、口のなかで起きることはまったく別ものです。
そのうえで、実際に選ぶとなると、たとえばアルザスのヴァンダンジュ・タルディヴのように、遅摘みならではの凝縮感と香りの強さを持つワインは、渋みがなくても、ココナッツミルクやカシューナッツで脂肪分に厚みが出た一皿と、なかなかよく釣り合います。ロワールのシュナン・ブランをドゥミセックで仕立てたものや、アンジュ、タヴェルのロゼのように、ほのかな残糖と酸をあわせ持つワインは、タマリンドの酸や辛味が立った一皿の角を、丸めすぎず、かといって喧嘩もさせずに受け止めてくれる印象があります。いずれも赤ワインの渋みに頼らない選び方で、渋みと脂肪の拮抗という変数そのものを、あらかじめ組み立てから外してしまうやり方だとも言えます。ほのかな残糖が辛さの角を和らげてくれるようにも感じるのですが、これは実験で確かめたことではなく、あくまでカウンターでの実感にとどまります。
ただ、これらもまた「この料理にはこのワイン」という固定した答えではありません。どれも、一口ごとに変わっていく口のなかで、その軌道の出発点をどこに置くか、という選び方にすぎないのだと思います。
だから、合うかどうかではなく
こうして見てくると、「この料理とこのワインは合う」という言い方が、どこか静止画のように思えてきます。合うか合わないかを一枚の写真のように判定するとき、私たちは口のなかの時間を止めてしまっている。けれど実際には、一口目、二口目、三口目と、口はそのつど別の状態へ移っていき、同じワインがそのたびに違う顔で応えている。
だとすれば、ペアリングとは、二つの完成品のあいだの相性のことではないのだと思います。むしろ、一口ごとに変わっていく口のなかの条件をたどりながら、次のひと口をどう迎えるかを、そのつど調整していくこと。「何と何が合うか」ではなく、「食べ、飲み、また食べるなかで、二つの関係がどんな軌道を描くか」。今回たどってきた相互作用は、どれもその軌道を形づくる力でした。
そして、その軌道を調整するには、まず目の前の料理を、名前ではなく、油・塩・酸・辛味・温度・テクスチャーの束として読み解けなければなりません。「カレー」という名前は、そのためには少し粗すぎます。では、料理をそこまで細かくほどいて読むとは、どういうことなのか。次回は、その「料理を読む」という手前の作業に、腰を据えて向き合ってみたいと思います。
引用文献
- Breslin, P. A. S., & Beauchamp, G. K. (1997). “Salt enhances flavour by suppressing bitterness.” Nature, 387, 563. DOI: 10.1038/42388
- Peyrot des Gachons, C., Mura, E., Speziale, C., Favreau, C. J., Dubreuil, G. F., & Breslin, P. A. S. (2012). “Opponency of astringent and fat sensations.” Current Biology, 22(19), R829–R830. DOI: 10.1016/j.cub.2012.08.017
- Dinnella, C., Recchia, A., Fia, G., Bertuccioli, M., & Monteleone, E. (2009). “Saliva characteristics and individual sensitivity to phenolic astringent stimuli.” Chemical Senses, 34(4), 295–304. DOI: 10.1093/chemse/bjp003
- Trevisani, M., Smart, D., Gunthorpe, M. J., et al. (2002). “Ethanol elicits and potentiates nociceptor responses via the vanilloid receptor-1.” Nature Neuroscience, 5(6), 546–551. DOI: 10.1038/nn0602-852
- Khorisantono, P. A., Veldhuizen, M. G., & Seubert, J. (2025). “Tastes and retronasal odours evoke a shared flavour-specific neural code in the human insula.” Nature Communications, 16, 8252. DOI: 10.1038/s41467-025-63803-6
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