カウンターでグラスをお出しすると、ときおり「これは何の香りですか」と尋ねられます。短くお答えしながら、いつも、別の問いが頭の隅に残ります。──そもそも、この一杯を発酵させたのは、誰なのだろう。

葡萄でしょうか。酵母でしょうか。それとも、人でしょうか。畑の土や、その夜の気温や、樽の内側に棲みついた目に見えない菌は、どう数えればいいのでしょう。問いを立て直すほど、答えが一つに定まらないことが、かえってはっきりしてきます。

note連載「葡萄のかたわらで」の第13回は、この問いのかたわらに、しばらく立ってみた回です。土着酵母にまかせた発酵を入り口に、厨房のドーサや、瓶のなかで発酵を続けるペティアンのあたりまで、少しだけ足をのばしました。作り手が全部を決めているのでもなく、自然に明け渡しているのでもない。その手前の、まだ名前のつかないあたりを、急がずに歩いています。

答えは、あえて一つに決めずにおきました。お時間のあるときに、読んでいただけたら嬉しいです。

そしていつか、カウンターで。「美味しい」と、「これはどこから来たのか」「誰がどう作ったのか」が、同じテーブルで話される。パセミヤは、そういう時間でありたいと思っています。

▼ note「ともに‐つくる ── 発酵は誰の行為か|葡萄のかたわらで 第13回」

カテゴリー: note